はじめに

このプロジェクトの起り

このアルバムを通して、沖縄移民の歴史を作成するきっかけとなったのは、今から6年 前の1998年アルゼンチンにおける沖縄人アルゼンチン移住90周年記念式典を沖縄
県人連合会会館で開催することに因ります。

主催者側の願いとして「らぷらた報知」新聞の西語版に沖縄県出身の家族の写 真および沖縄県人の歴史の写真等の提供協力が載っておりました。
その記事を読み、 私は両親のアルバムにもそれらに関する写真がある事を思い出し、早速それらに応じる写真を選び始めました。
100枚以上の写真が選び出され、コピーで全部同じサイズに揃え見本として展示担当者に持って行き、見せたところ、その担当者曰く、
「実は一家族に対し、 2~3枚の写真を基準により多くの家族の写真を集め、 展示したい。」との旨を私に話してくれました。
その後、持って行った写真を又全部家に持って帰り、その中から2~3枚適当なのを選び、
展示担当者からの指示を待ちましたが残念ながら後は鳴かず飛ばずでした。

その後、人類学者のイサベル・ロモニエ女史と連絡をとり選び集めた100枚 以上のコピー写真の見本を彼女に見せたところ、
彼女は大変に興味を示し、
「何らかの形で展示会の機会があったら連絡してあげましょう。」と言ってくださいました。
さらにそれらの写真を単に年次配列にするだけでなく、項目ごとに分けた方がいいともご指示くださいました。

数日後、イサベル女史より連絡があり「亜国-日本98」「第6回貿易・テクノロジー・文化修好 年8月26日~
30日までの間ブエノスアイレス市パレルモのラ・ルラール
で開催される事を知らされました。 写真の展示場所、日時が決まり写真を分ける作業に入り、無事展示の運びとなりました。

その8月にパレルモのラ・ルラール展示と時を全く同じくして沖縄県人アルゼ ンチン移住90周年記念式典も沖縄県人連合会に
て開催されました。

そのラ・ルラールでの展示のタイトルは、「アルゼンチンに於ける日本人移民の証言、 そのアルバムに残る数々の写真を通して-
上原清利美」としました。 展示終了後、 これらの写真は2008年に再び羽ばたく為と思い大事にしまいました。2003年の初頭の頃、
突然この年の8月に沖縄県人アルゼンチン移住95周年記念式典が開催されるということを耳にしました。
早速私の写真をこの移住式典にと提供したところ、記念委員会は快く承諾してくださり、
私は嬉しく、新たに写真に目を通し、直したところ、 日本語での説明が大分不足していることに気が付きました。

この時の展示タイトルは、「家族の写真アルバムを通して亜国における沖縄移民の歴史を語る」としました。
日本語での説明は西語と同じレベルのものが必要です。そこで知人の日本人に頼み、翻訳していただきましたが、
その知人は「別に私の名前が表に出されるほどのことで はありません。 」とのこと。それゆえ私はその知人の気持ちを理解し、その知人の名前はあえてどこにも現れておりませんが、私はその知人に心よ
り感謝しております。
又JICAより派遣されているボランティアの鈴山明 美さんには翻訳された日本語をパソコンで清書していただき、感謝申し上げます。尚、日本語に翻訳されたものは父、
上原清利美がさらに目を通し完成されました。

また写真を纏める方法を御指導くださった人類学者のイサベル・ロモニエ女史に対しても心より感謝申し上げます。

それに写真洗濯をお手伝いくださったイレーネ・ルパリア女史、さらに英語に翻訳してくださったチャイルマン・ブラインウッドさんとマリサ・セレ
ブレニックさんのお二人 の女教師に対しても心より感謝申し上げます。

写真は項目ごとに10グループにまとめられ、上原清利美のその時代における種々な生活が読み取られます。
それはまた、アルゼンチンおける沖縄移民のその時代の生活とが一致いたします。

最後に付録として上原清利美の兄弟姉妹に関する資料を付け加えました。9人中8人が南米に移民し、長男はブラジル、他7人は全
員亜国に移民し、 長女だけが沖縄に残りました。

上原 エレナ

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