ンターテインメント

1924年、アルゼンチンの人口は、964万8千のうち、日本人は、2,383人であった。
1933年には、5,338人でそのほとんどが、独身男性であった。各県から来亜した移民たちは、
年一回集まって、陸上競技大会を催した。沖縄の移民たちは、故郷から持参してきた独特の楽器(三線)を弾じ、
音楽会や舞踊会を催した。その習慣は、今でも続いている。‍

ほとんど他の人達と同じように、上原清利美もスポーツ、音楽、読書、その他多くの趣味をもっている。


1933年-昭和8年-コルドバ上原清利美、22歳。
尺八を奏でる。立:安里エンリケ、
3歳、安里亀永の長男(中城市字奥間出身)

 

 

 

 


前立:[剣道着]大城守一(南風原)、DR.N.Martinez、
上原清利美後列:右より、N.CURUCHAGA、上原清正、玉城カマ
(福木東氏夫人、南風原)一人おいて、上間豊雄(今帰仁)、
上原清全(今帰仁)、二人おいて、
宮里カマド(政善夫人、大宜味)、平良平仁(本部)、
玉城正信(南風原)。
Nores Martinez家は、コルドバの伝統的由緒ある旧家である。
同市で発刊されていた日刊紙LOS PRINCIPIOSの主要な株主であった。
DR.E.A.Nores Martinezは、神戸駐在のアルゼンチン領事DR.
ORTIZ(サルタ出身)の娘イネ子さんと結婚していた。
(母は日本婦人)。
ペロン大統領時代カナダ大使として活躍された。
退任してサンタ・ロッサ(パンパ州)の判事として任命された。
同市で弁護士として活躍している。DR.N.Martinezは、
コルドバ大学在学中からCAFÉ YOKOHAMAの常客であった。
当時のコルドバ日本人会役員 会長:山岸新作、
幹事:上原清利美、 会計:永村清治であった。

1937年、サンタ・イサベル牧場でコルドバ日本人
会*主催ピクニック。


1937年 サンタ・イサベル牧場にて
(現 レノー自動車会社工場)。
コルドバ日本人会主催のピクニックがDR.
Enrique Nores Martinez家所有のキンタサンタ・
イサベル(現レノウ自動車工場所在)で催された。
同日、剣道模範試合が行われた。


1934年コルドバ市にて上原清利美21歳のとき、
伏見義雄氏(香川県出身)とコルド
バ市のサルミエント公園のプールにて



1949年(昭和24年)、野村流古典音楽師範 
大城永牛氏と弟子上原清利美。コルドバにて。


1954年(昭和29年)、ブエノスアイレス州ホセ・セ・
パス、バリオ・オンブーの花卉園芸。友人が集まって、
ピクニックを催す。諸喜田米松の三線に合わせ、
エイサーを踊る。
踊り手、左より:嘉手納秀次、与那嶺美代、嘉手納ハナ



1954年(昭和29年)、ブエノスアイレス州ホセ・セ・パス、
バリオ・オンブーの花卉園芸。友人が集まって、ピクニックを催す。


1954年(昭和29年)、ブエノスアイレス州ホセ・セ・パス、
バリオ・オンブーの花卉園芸。友人が集まって、
ピクニックを催す。


1955年、ニッパル倶楽部主催ピン・
ポン大会。花卉市場にて。
(右)富家英夫氏(北海出身)と対戦する
上原清利美(左)立:小池七郎(茨城)、
森正男(福島)

1960年(昭和35年)ブエノスアイレス市にて。
琴を奏でる与那嶺美代夫人(左)と大城よし子夫人。

1960年(昭和35年)ブエノスアイレス市、
アルゼンチン沖連会館(旧会館)において、
野村流音楽協会主催演奏会。

右より:親泊正一、内間安樽、親川要蔵、東江康清、
上原清利美(横笛)(49歳)、
大城永久、内間安悦、勢礼正義


1965年(昭和35年)、ブエノスアイレス州、ホセ・セ・パス。
上原清利美、 次男マルティン清樹と彼の友人を連れて、
妻の甥、与那嶺康彦の野球試合の応援に行く。
与那嶺は南部ベースボールチームに属する。

1966年(昭和41年)ブエノスアイレス市、義兄
与那嶺肇(沖縄県今帰仁村出身)とザ
ル碁に熱中する上原清利美(55歳)。

1978年ブエノスアイレス市の自宅にて、
30年来の友人である軸松伸男氏(大阪出身)の来
亜にあたり、友人のタンゴ演奏者が集った。
彼は医師であり、タンゴ愛好家。バンドネオン奏者でまた
自分のオーケストラ、ロス アセス大阪の指揮者でもある。
年1回必ずタンゴを聴きにブエノス アイレスを訪問している。
(2003年現在までも)向かって後列左から、ファン 
ポリト(オルケスタ・ダリエンソのピアニスタ)、バイオリン、
上原清利美(64歳)、デリア・ミゾベ、アルマンド・ポンテ
ィエ(バンドネオン)前列:ファン ポリト夫人、上原孝、
軸松伸男、ポンティエ夫人


1978年ブエノスアイレス市の自宅にて、
30年来の友人である軸松伸男氏(大阪出身)の来亜にあたり、
友人のタンゴ演奏者が集った。彼は医師であり、タンゴ愛好家。
バンドネオン奏者でまた自分のオーケストラ、ロス 
アセス大阪の指揮者でもある。年1回必ずタンゴを聴きにブエノス 
アイレスを訪問している。
(2003年現在までも)向かって後列左から、ファン 
ポリト(オルケスタ・ダリエンソのピアニスタ)、バイオリン、
上原清利美(64歳)、アルマンド・ポンティエ(バンドネオン)
前列:軸松伸男

1997年(平成9年)ブエノスアイレス市。
ブエノスアイレス市の自宅の庭にて、
三線の練習をする上原清利美(86歳)

1998年 ブエノスアイレス市の自宅の庭にて。
妻と一緒に日本人会の運動場へゲートボー
ルの練習に行く前。


1998年(平成10年)ブエノスアイレス市、
フローレス地区にある日本人会運動場で、
ゲートボールを楽しむ上原清利美。

 

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1998年(平成10年)ブエノスアイレス市、
フローレス地区にある日本人会運動場で、
ゲートボールを楽しむ上原清利美。